倉木麻衣のデビュー曲『Love, Day After Tomorrow』。
CM等のタイアップ曲でないにも関わらず、140万枚の大ヒットを果たした楽曲です。
この曲の魅力を深掘りしていきましょう。
全体を通して
R&Bの楽曲で、宇多田ヒカルや安室奈美恵を彷彿とさせます。
HIPHOPのサウンド感が強いものの、メロディアスなボーカルが魅力的です。1990年代の日本R&Bの流行りが感じられます。
この曲の大ヒットは、曲の良さはもちろんの事ですが、倉木麻衣本人の歌唱力も大きいでしょう。
他のR&Bにある様な、いい意味でのいなたさはなく、ささやく様な優しい歌声が特徴的です。
どこかアンニュイで、憂いを感じるのではないでしょうか。
※コード譜下行のディグリー表記は、トニック(メジャー)をIとした場合となっています。
イントロ
1~4小節【N.C(ノンコード)】
序盤4小節は、HIPHOPなビートから始まる導入部分です。
コードはありません。
5~6小節目【Cm→Gm7/B♭→A♭M7→G】
トニックマイナーである『Cm』から下行していくコード進行です。
『Gm7/B♭』となっているのは、Cmの構成音G音が継続して鳴らされているためです。
同様に、『A♭M7』の7度もG音ですので、このコード進行は、トップノートのG音が常に鳴らされたものとなっています。
こうした、コード進行の中で、同じ音高の音を続かせることをペダルポイントと言います。
コード | 構成音 |
---|---|
Cm | C,E♭,G |
Gm7/B♭ | B♭,G,D,F |
A♭M7 | A♭,C,E♭,G |
最後の『G』は、Cmに対するドミナントセブンスです。
Aメロ
2小節一塊で見ると、それぞれの2小節が2つのコードの繰り返しで構成されています。
少ないコードの反復はR&Bではよくあるコード進行です。
例えば、宇多田ヒカルのAutomaticサビでは、Cm7とFmの繰り返しで始まります。
いったり来たりで変化の少ないコード進行のため、リズムが際立ちます。
また、前に進んでいる感覚が少なく、立ち止まっているような感覚があります。
ただし、5小節目からはコードの変化に加え、メロディーも勢いがあるもののため、前に進み出した様な雰囲気も感じます。
Bメロ
Aメロは、2コードの反復が多く、どちらかと言うとHIPHOP的な要素が強くありました。
Bメロからは、よりドラマチックな雰囲気になります。R&B要素が強くなっていくポイントです。
1〜2小節目【A♭M7→G→Cm】
『A♭M7→G→Cm』の進行は、Just two of us進行、あるいは丸の内進行(丸サ進行)などの愛称で親しまれる、定番コードです。
令和のポピュラーミュージックにもよく使われる進行で、暗めで切なさを感じます。
7~8小節目【A♭M7→B ♭sus4→Csus4→C】
この楽曲はCmキーのため、ルートがCのコードはマイナーであるのが普通です。
しかしここでは、Cメジャーコードに進んでいます。
この様に、トニックマイナーがそのままメジャーコードに変わって終止することをピカルディ終止と言います。
JPOPでもほどほどに使われています。
サビ
サビは、キーA♭(あるいは、平行調のキーFm)へ転調しています。
比較的明るさを感じるセクションで、2小節のコード進行のひと段落で、メロディーがA♭(2小節2拍目)へ落ち着いています。
そのためサビは、A♭キーと考えて話を進めます。
1~2小節目【D♭→A♭→E♭→Fm】
『D♭→A♭→E♭→Fm(IV→I→V→VI)』の進行は、ポップパンク進行と呼ばれる定番コード進行です。
これまでのコード進行に比べると、とても爽やかに感じるコード進行です。
この部分の解釈
転調のインパクトに加えて、コード進行から感じる雰囲気の違いが明確で、他のセクションとは一線を画しています。
この部分のメロディーだけでは「サビだ」と意識させるのは難しいですが、上記の様な雰囲気の違いが「サビ」だと聴者に意識させています。
3〜4小節目【D♭→A♭→B♭7→C】
1〜2小節目とは同じ様には進まず、『B♭7→C』と進行します。
『B♭7』は、本来E♭(ドミナント)に対するセカンダリードミナントとして使われます。
ドミナントに対するセカンダリードミナントのため、ダブルドミナント(ドッペルドミナント)とも呼ばれています。
- チェック:セカンダリードミナントとは?
- セカンダリードミナントは、ダイアトニックコード一番目のコードであるトニック(『I』あるいは『Im』)以外のダイアトニックコードを一時的なトニックと見立てて、その5度上のコードをドミナントコードに変化させたものです。 ▷セカンダリードミナントについて詳しくはこちら
ただし、B♭7の次にE♭へと進まず、『C』に進みます。
CはFmに対するドミナントで、E♭と同じ様に、トニックへと進もうとするドミナントコードです。
この部分の解釈
サビに入る際に感じたインパクトは、転調によるところが大きいでしょう。
この楽曲のキーをA♭とすると、本来のドミナントは『E♭』ですが、同じくトニックへ進むセカンダリードミナント『C』を代わりに使うことで、ここでも「ハッ」とさせてくれます。
サビで感じさせた爽やかさや明るさ、ダブルドミナントからの意外な進行に、緩んだ気持ちを引き締められる様です。
まとめ
シンプルなコード進行が多めでしたが、それがまたHIPHOPの様なグルーブ感を高めています。
それでいて、展開はとてもドラマチックでしで、サビで感じる穏やかな感覚は、オアシスに入り込んだような安心感がありました。
ただ、それも単純に明るいものでなく、ハッと我に返されるポイントまで用意されて…
いい意味で感情を右往左往させられる楽曲でした。
そこに曲で伝えたいストーリーの奥深さを感じます。
この部分の解釈
この『C』にはもう一つの役割があります。
それは次のキーFm(A♭)に転調するための、ドミナントコードとしての役割です。
Csus4が手前に入ることで、より滑らかに『C』が機能しています。
こうした、転調前のキーと転調後のキーで重なるコードをピボットコードと言います。